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前橋地方裁判所 昭和43年(行ウ)43号 判決

原告 群馬中央バス株式会社

被告 群馬労働基準局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の請求の趣旨、原因

原告訴訟代理人は、「一、被告が昭和四三年五月一六日付群基収第一、〇九三号をもつて原告に対してした原告の昭和四三年五月六日付解雇予告除外不認定処分に対する審査請求を却下する旨の裁決を取り消す。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和四二年一二月三一日原告の従業員である訴外塩原正喜、同外山忠義、同田村古方、同山口平三郎を就業規則第一四条、第四二条に則り解雇する旨の意思表示をしたが、右解雇は労働基準法第二〇条第一項但書後段の「労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合」に該当するから原告は解雇予告をする必要がないと思料して即時解雇の趣旨でしたものである。

二、原告は昭和四三年一月二三日付をもつて前橋労働基準監督署長に解雇予告除外認定の申請をしたところ、同署長は労働者の責に帰すべき事由の有無について実質的審査をした上、同年三月六日前監指令第二号をもつて「本件認定せず。」との処分をし、原告はこの処分書を同月八日受領した。しかし同書面による処分庁の教示はなく、また右処分の理由も明らかにされていない。

三、そこで原告は昭和四三年五月六日被告に対し前記署長の処分を取り消して原告の申請を認定する旨の裁決を求める申請をしたところ、被告は同年五月一六日「主文、本件審査請求を却下する。理由、本件審査請求にかかる労働基準法第二〇条第三項の規定による解雇予告除外認定については行政不服審査法第二条第一項に規定する処分ではない。よつて主文のとおり裁決する。」との裁決をし、原告はその裁決書を同月一八日受領した。

四、右裁決は以下の理由によつて違法であるのでこれの取消を求める。すなわち、

行政不服審査制度の目的は行政不服審査法第一条によつて明らかなとおり国民に行政庁の違法不当な処分のみならずその他公権力の行使にあたる行為に対しても広く不服申立てのみちを開いてその権利保護を図ると共に行政運営の適正を確保する点にあるのであり、その不服申立事項については同法第四条において一般概括主義を採用し、原則としてすべての行政処分に対して不服申立てを許し、特別の理由からこれを許さない事項は法律によつてその旨を明らかにする必要があることと規定している。しかるに労働基準法には同法第四七条のほか不服申立てを許さない旨の規定はないから同法に基く右規定以外の処分はすべて不服申立ての対象になるというべきである。被告は「客観的に予告除外事由が存するにもかかわらず誤まつて認定せずと処分しても使用者は予告手当を支給することなく即時解雇を有効にすることができ、何ら不利益を蒙らない」旨主張するが、多人数の使用を不可欠とする原告にとつて従業員との相互信頼が事業経営上最も重要であるところ、もし「認定せず」との処分にもかかわらず解雇を断行すれば従業員全体の信頼を喪失し、この結果原告の蒙る不利益は到底予告手当の比ではないし、またそもそも右不認定処分自体行政の適正な運営に反することは明らかである。よつて本件解雇予告除外不認定処分に対し不服申立てが許されると解すべきであるのにこれを認めずに本件審査請求を却下した本件裁決は違法である。

第二、被告の答弁、主張

被告指定代理人は請求の趣旨に対する答弁として主文同旨の判決を求め、請求原因に対して次のとおり述べた。

一、請求原因一ないし三の事実は全部認めるが、同四の主張は争う。

二、被告のした本件裁決は次の理由により適法である。すなわち、労働基準監督署長がする解雇予告除外認定は予告手当の支払を免れようとする使用者の恣意的判断を規制するために監督指導上課せられた行政庁の処分であり、解雇予告除外事由に該当する事実の有無に関する確認処分である。従つて右認定は予告手当の支給なき即時解雇の効力発生要件となるものではないから客観的に解雇予告除外事由が存するにもかかわらず誤つて認定せずと処分しても使用者は予告手当を支給することなく即時解雇を有効にすることができ、罰則の適用を受けるものではない。ところで行政不服審査制度は行政庁の違法不当な公権力の行使に対する国民の権利利益の救済を図る制度であるから前記のとおり何ら不利益を与えることのない本件原処分に対して不服申立てを許すことは予定していないし、また不必要なことである。従つて被告が原処分に対する審査請求を却下した本件裁決は適法である。

理由

一、原告主張の請求原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二、そこで、以下本件裁決が適法であるかどうかの点について判断する。

行政不服審査法第四条は行政庁の処分に対する不服申立てについていわゆる一般概括主義を採用し、同条第一項但書に規定する以外の行政庁の処分について不服申立てをすることができる旨規定する。そして、右の不服申立ての対象となりうる行政庁の処分とは行政庁がその優越的立場において国民に対してする行為をすべて含む趣旨ではなく、そのうち国民の権利、義務、その他法律上の利益に直接影響を及ぼす行為に限定するものと解するのが相当である。けだし、我が行政不服審査制度が単に行政の適正な運営を確保することのみを目的とするものではなく、行政庁の違法、不当な行為から国民の法律上の権利利益を救済しようとするところにむしろその主たる目的があることは行政不服審査法制定の経緯ならびに同法第一条の規定上明らかであり、この点において行政事件訴訟法と何らの径庭もないところである。

そこで、本件前橋労働基準監督署長のした解雇予告除外不認定処分が原告の権利、義務、その他法律上の利益に直接影響を及ぼすかどうかの点について具体的に検討するに、まず、労働基準法第二〇条第一項但書、第三項、第一九条第二項による解雇予告除外認定制度の目的は使用者が自己の恣意的判断によつて予告手続を経ずに即時解雇をすることを、罰則(同法第一一九条第一号)を定めてこれを抑制しようとする労務行政上の見地に基くものであり、従つて、右即時解雇をなすにあたつて経なければならない労働基準監督署長のなす除外認定の性質は、除外事由たる事実の存否を確認する処分であるということができる。しかしながら、事実確認処分であるからといつて、当然、行政訴訟ないし行政不服審査の対象にならないというものではなく、およそ準法律行為的行政行為の一種たる確認処分も、行政庁の判断の表示であり、その行為に対しどのような効果を付与するかということは個々の法律の定めるところであつて、その定め方如何により、何らかの法律効果を付与したり、或いは単なる確認的行為にとどまるにすぎないということになるのである。そこで、いま右除外認定について果たして何らかの法律効果が付与されているかどうかを考えるに、即時解雇の意思表示の効力または解雇予告手当の支払義務の有無は、もつぱら前記除外事由の客観的な存否によつて決せられるものであつて、右除外認定、不認定はこれら私法上の実体関係に対し何らの法律効果も及ぼすものではない。従つて「除外認定」があつたからといつて労働者がこれに対し行政不服審査ないし行政訴訟上の不服を申立てることのできないことは多言を俟たない。これに反し、使用者のなした事前の認定申請に対して不認定処分があつた場合には、使用者としては罰則適用の危険をおかさなければ即時解雇をすることができないという行政法上の拘束をうけることになるから、かかる場合にはそのような行政法上の効果を免れるため右不認定処分に対して不服申立てをなす法律上の利益があるので、そのような場合に限つて、右「不認定処分」は行政不服審査ないし行政訴訟の対象となると解すべきである。しかし本件においては原告が除外認定の申請をしたのは即時解雇の意思表示をした二十余日も後であることは当事者間に争いがないから、最早や原告としては、解雇権の行使を制肘され、認定の有無によつて即時解雇をするかどうかの態度を決するという場面は全く解消し、残るところは唯単に処罰をうけるかどうかの問題だけであつて、この問題は、訴追をうけた場合に刑事訴訟において、客観的に除外事由が存在したかどうかを中心として争うべきものであり、したがつて、原告としては「不認定処分」を争う法律上の利益はない。かくして、本件前橋労働基準監督署長のした除外不認定処分は、原告においてこれを争う法律上の利益がなく、したがつてこれを行政不服審査法による不服審査の対象とすることはできない。

すると、原告の本件審査請求を却下した被告の裁決は結論において正しく、適法である。

三、よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安井章 松村利教 大田黒昔生)

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